これまでのネットワークを生かしてM&Aアドバイス業務に取り組もうと、リーマンショック直後の2009年2月還暦の時にアドバイザリーカンパニー(呼称ADCO)を起業、それから15年の時間が経過した。

三菱銀行・証券で32年務めたが、最後の10年は自らの合併統合を4回こなし、その間証券に移って自己主張が強い人材ばかりの投資銀行部門でグローバル統括者となった。

朝7時から連日深夜までの会議、ロンドン・NY・シンガポール等への毎月の海外出張、夜の接待、土日のゴルフ、まるで早く死ねといわんばかりの強行軍を強いられた。その報いか、アナフィラキシーというアレルギー症状を発症、夜中に死にかけた事が2回。もうこの生活は心底嫌だと思い、何も当てがないまま、どうしてもこの会社組織のしがらみから離れたく、秘書車付きで関連子会社に社長の席を用意してもらったものの、その席を断っての起業だった。

周りからは「銀行は一生面倒見てくれるのだから、そのレールに乗ればいいのに」と、何度も説得を受けた。

でも、「何も決められない経営会議」「度重なる合併で本当に復雑化した人間関係」「同じ三菱仲間でも足の引っ張り合い」に嫌気がさし、別の大きな組織に入り同じ経験はしたくないと固く心に誓い、起業した。

ところが、そんなには、物事はうまく運ばないもの。

自分で稼ぐことに少しは自信があったものの、自営業というのは多少儲かっても、日々の運営はこんなに厳しいものかと嘆く日々になってしまった。

よく、フーテンの寅さんに裏の印刷会社のタコ社長が出てきて、いつも資金繰りと税金の愚痴話ばかり。なんともしまりのない話だと思っていたが、そういう私も、暫くするとそのタコ社長になっているではないか。

良いこと(=金が入る)はなかなか成就せず、悪いこと(=金が出る)は予想以上に早く来る。したがって会社の資金繰りは、想像以上に早く切迫することが、本当にわかっていなかった。

その自分の甘さを棚に上げ「日本という国は起業する人に厳しい国だ。銀行はまるでつぶれる事しか考えていない」「国は、年金管理ではあんなにズボラなのに、税務署が税金を取る段になるとこんなに小まめになる。実にけしからん」と非難してみるものの、自営業にとって資金繰りと税金が、精神的にもこんなに重い負担だとは思ってもみなかった。

実は、私の実家は典型的な個人企業だ。子供心に、父が何故か、突然気前が良くなってポーンとおこずかいをくれたり、逆に突然機嫌が悪くなったりするのかと、不思議に思っていた。

今回は親父のその時の気持ちがよくわかるようになった。

金が入ってくれば資金繰りが付き、本人の機練が良い、という事だ。

気がついてみると起業から2年たったとき、目指していた「楽しい仕事をやろうよ」という最初の思いはどこかに飛んでいき、土日も資金繰りと税金の事を考えながら、逆算して仕事の事を仕掛けていくようになってきた自分に唖然としていたのを覚えている。

その中で、何とか収入も安定してくると、周りの同じ中小企業のオーナーの人たちが、良く見えてくるようになってきた。

世の中、中小企業のオーナーといわれる人は、ほとんどが、資金繰りと税金の心配ない人は、本当に少数で、自分がたまたま大企業にいたからわからなかっただけで、世の中を動かしている人の大部分は、この苦労をしているのが現実ということだ。

多分、やめるときに用意された関連会社社長の地位も、4〜5年たてばトコロテン人事で辞めさせられたと思う。そこで引退して引退生活に入っていれば、この苦労は経験せずに済んだかもしれない。

でも、この15年の気苦労は、私に人生の何が満足感かを教えてくれた。

何が満足感かというと、それは、人を育てる、こんな世界もあると見せてやり本人をやる気にさせるということだ。

大企業にいるとき、「社会への貢献を」と、口では言っていたものの、本当にその実感はなかった。

派遣で雇った人を正社員にして、身なりも立派になり、結婚して子供ができる、本人も日経新聞を読んで一端のことを言うようになってきた。こんな人の成長を見ていると、時にはフーテンの寅も演じつつ、気苦労の多いタコ社長も案外悪くないと思う今日この頃だ。
自分の過去を振り返ってみると、日本の大企業とその他中小の企業では、その間に大きな川があり、大企業にいる人間は、橋はあっても絶対に向こう側にはいかないと固く信じている人がほとんどだった。

私は、古希になってもう一つの企業CDR Eco-Movement も経営するようになり、全体の従業員も200名近くになった。2つの全く異なるタイプの中小企業の社長となり、今はそれぞれの立場で反対側の岸から、大企業という向こう岸を眺めている。
私と一緒に、向こう岸を眺めているこちら側の仲間たちにいつもこう言っている。
隣の芝はよく見える。むこうっちは、「仕事1割。周りへの気遣い9割」。こっちとらは「仕事9割。気遣い1割」もう少しタコ社長にも気を使えと。